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DATE:2005.3.31(thu) |
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1日に150万人以上もの人が利用する東京の玄関口、東京駅。 1914年(大正3年)、東京駅が出来た当初は母屋は3階建てだったんです。更にその上にドームがそびえていて、内部には華麗な装飾が施されていました。しかし1945年の東京大空襲で全焼。ほとんどの3階は崩れ落ち、ドームも無惨な姿をさらしていました。これらは戦後2階建てにして修復。
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あれから60年。 その痕跡を求めて東京駅の天井裏に今回特別に入らせて貰うことが出来ました。
今から向かうところは東京駅中央に位置する時計台の屋根裏。焼け落ちた東京駅は、当時鉄が不足していた為、屋根やその梁は全て木製で復旧。
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当時のまま残っているいたずら書きを見つけました。
「あっ、青森県、この県という字が昔の古い旧漢字ですね。もしかしたら職人さんが工事の時に書いたんでしょうか」
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次に向かった場所は南側のドーム付近の屋根裏。 廃墟と化している3階部分、現在の屋根裏を当時の生活痕を求めて移動してみます。こちらの屋根も木製。所々に煉瓦の壁の跡が残っています。
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今は屋根裏になっているここには、かつてはステーションホテルや特等列車の待合室があったそう。 熱く積もったほこりの下から、わずかにのぞくタイルが、当時の面影をしのばせています。
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そしてたどり着いたところは、北口のドーム。
そこにはぽっかりと開いた穴が…勇気を出して潜入してみました。私が入ったところはドームの中。その中で見たものは・・・・
「レリーフだ!ついに見つけましたよ!」
東京駅のシンボルとも言える、南北のドーム。かつてそこには優雅な装飾が施されたレリーフで飾られていました。
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「ここが本来のドームの姿です。約60年に渡って、新しく出来たドームによって封印されていましたが、これが焼失する前、皆が東京駅のドームを見上げてみたレリーフなんですね…」
かつてのドームが焼け落ち、それを隠す為に現在のドームはその内側をジュラルミンで覆う構造になっているのです。
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終戦当時、復興作業に携わった河村秀雄さんは、当時をこう振り返ります。
河村さん
「当時はがれきの山でした。ドームが焼け落ちて筒になっていて空が見えるんですよね。下から空を見上げていたら、B29が飛んで行くんが見えるんですね・・・ただ、放心状態でした・・・」
戦争という二文字が私たちの記憶から薄れようとしている現在。まさか東京のど真ん中とも言えるこの場所でその記憶が呼び覚まされるとは思いもよりませんでした。
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